|エピソード3 |@デーゲー「ご祈祷」

 

京都は出町柳。小さな商店街の西の端に学生たちが「デーゲー」と呼ぶジャズ喫茶が在ったのは、1970年代のこと。ここでは、正確な店名は想像にお任せすることにしよう。

デーゲーは1970年に開店し、80年代のいつまで営業していたかどうか、定かではない。今は、当時デーゲーが2階に店を構えていたビルだけが静かに残っている。

足繁く通ったその店は、アルテックの素晴らしいスピーカーを鳴らし、2800枚のレコードを持っていた。当時は、近くにある僕らD大の学生たちの集いの場でもあった。ジャズ喫茶のマスターというのは何れの店でも個性的な人が多かったが、ここには群を抜いて寡黙なマスターがいた。

けれど、ジャズに捧げる気持ちは熱くてD大のビッグバンドに所属する学生バンドにライブをさせてくれ、時々日本トップクラスのジャズミュージシャンを呼び、ライブも開催してくれた。僕らは、その貴重なライブを聴くためにかぶりつきの席を早くから取りに行き、耳と目に必死に焼き付けたものである。

ただ、生来不真面目な僕は、1年365日寡黙なマスターが、かけたレコードの片面が終わり次のレコードに針を置き終わるまでの、まるで「ご祈祷」のような様を見てはいつも笑いを堪えていた。

友人たちと京都中のジャズ喫茶をハシゴしていたけれど、神聖な御神体に触れるかのようにレコードを扱い、レコード針を戻し、また置く、その作業の仰々しさは京都一だった。若い僕には、落語の話の中のような滑稽さを目の前にしていることが可笑しくてたまらなかった。

 

誰か小噺でも作ってくれないだろうか。

 

すっかり大人になった僕は、開店準備をしながら今もあのマスターの姿を思い出し頬がゆるむ。そして、きっと今日も笑い、若い学生たちにデーゲーの話をする。

さあ、いつものように僕のアルテックを鳴らそう。

 

 

(注)この物語は京都ジャズ喫茶マップ制作にあたり提供されたエピソードを種にした筆者による完全な妄想である。