|エピソード7|パラゴン@Bigbeat 

1960年代後半、ジャズ喫茶、いやオーディオに魅せられて京都市内の様々なジャズ喫茶に通っていた学生の私は、ある日、友人から聞きつけた烏丸今出川、市場の2階に新しくできたというジャズ喫茶へ行った。

当然、スピーカーに向かって配置された席、今でいう教室/学校スタイル。ジャズ喫茶では、当時、よくある風景だったが、このBig beatは特に、大きなスピーカーの存在感と漂う店の空気感が他と一線を画していた。

さらに、絵に描いたような髭の寡黙な店主がその空気感を増幅させ、店の雰囲気を決定づけていた。寡黙な上に独特の個性で、短い期間にスピーカーをTANNOYからJBLオリンパス、そしてPARAGONへと変えていった。最終的にPARAGONの聴ける店として落ち着いたが、当時、PARAGONを導入していたのは日本国内にわずか2、3件しかなかったのではなないだろうか?

もちろん、私がPARAGONの音を初めて聴いたのは、このBigbeatだった。それまで、その存在も知らなかった私には、全てがまるで雷に貫かれたような経験だった。すでにあらゆるジャズ喫茶へ通ってはスピーカーやアンプを聴き比べ、多くを知っているつもりの若者の私に、その音は忘れられない瞬間を焼き付けた。

今思えば、当時、同じような経験をした学生や若いジャズリスナーが大勢いたのかもしれない。

しかし、学生が通い詰める人気のジャズ喫茶にも関わらず、ある日、久しぶりに訪れると2階の店舗は空テナントとなり、Bigbeatの存在を感じるような残骸さえ何もなかった。あの大きくて重そうなスピーカーも。まるで幻だったかのように短い期間で消えていった。匂いさえ残さずに。

そして何より不思議なのはあの「音」。その後も機会を作っては各地のPARAGONを聴きに行っていたが、あのBigbeatの深く体に染み入るような音は見つからないままだ。

一言も話したことはないあの店主の探求の結果だったのだろう。きっと。

いまだにあの音が聴きたくて、他でもないあのPARAGONの幻影を追いかけている。

 

(注)この物語は京都ジャズ喫茶マップ制作にあたり提供されたエピソードを種にした筆者による完全な妄想である。